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最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)72号 判決 1992年1月23日

大阪府枚方市招堤田近二丁目三番地

上告人

大阪バルブ株式会社

右代表者代表取締役

大島直哉

右訴訟代理人弁護士

大槻龍馬

谷村和治

平田友三

浅野芳朗

大阪府枚方市大垣内町二丁目九番九号

被上告人

枚方税務署長 駒井良一

右当事者間の大阪高等裁判所平成二年(行コ)第三二号法人税更正処分取消等請求事件について同裁判所が平成二年一二月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大槻龍馬、同谷村和治、同平田友三、同浅野芳朗の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、右判断と抵触するものではなく、論旨は、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)

(平成三年(行ツ)第七二号 上告人 大阪バルブ株式会社)

上告代理人大槻龍馬、同谷村和治、同平田友三、同浅野芳朗の上告理由

第一点 原判決には、理由不備乃至は理由齟齬の違法及び法人税法第二二条第一項、第三項第二号、第四項の解釈適用を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反がある。

一 原判決は、上告人が昭和五〇年六月期、昭和五一年六月期の各事業年度に損金計上した従業員支給賞与について、上告人が源泉所得税等の法定控除分の処理をしたうえ、従業員名義の普通預金口座に各別に入金しその後これを支給した事実を肯定しながら、現実の支給日が事業年度後であることを理由に、右賞与は当該事業年度における各従業員に対する債務として確定したものではないとして同事業年度の損金計上を否認した被上告人の更正処分を是認したものであるが、右のうち上告人が昭和五〇年七月一五日に支給した同年分夏期給料手当金一、四二九万八、三〇〇円、夏期賃金手当金四、八五九万五、〇〇〇円の合計金六、二八九万三、三〇〇円、及び昭和五一年七月一〇日に支給した同年分夏期給料手当金一、二二九万五、〇〇〇円、夏期賃金手当金四、五九六万七、三〇〇円の合計金五、八二六万二、三〇〇円についての損金計上をも否認した被上告人の更正処分までも正当であるとした原判決の判断には、重大な理由不備乃至は理由齟齬の違法があり、且つ法人税法第二二条第一項、第三項第二号、第四項の解釈適用を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があるものというべきである。

二 昭和五〇年六月期の夏期賞与

日本経済は昭和四九年中は過熱気味で、上告人会社でも昭和四九年七月一日から同五〇年六月三〇日までの事業年度において、会社設立以来の好況で大幅な売上の増加を見たが、これはとりも直さず大量の受注をこなした従業員の従来に倍する努力によって獲得できたものであるので上告人従業員に対して同期の売上に見合う賞与を支給することにしたのである。

ところで、従業員賞与については上告人の就業規則や、従業員組合との協議により決定するとの労働協約もなく、従来から上告人において会社の業績を基に、労働組合との団体交渉の経過もみながら一方的行為により決定していたものであるので、上告人は右事業年度の賞与額については小林顧問税理士とも協議した上で昭和五〇年六月一九日社長室において役員会を開き、各従業員一人一人について勤務成績等の調査資料により具体的な支給額を決定し、その合計額金一億二、五七六万九、〇〇〇円を同事業年度後半期の従業員賞与の総額とし、各従業員の賞与についての源泉所得税や失業保険料等を算出し、これ等を控除した各従業員の賞与手取額を同月二八日三井銀行難波支店に設けた各従業員名義の普通預金口座に振込んで支払い準備を完了し、同月三〇日に右各源泉所得税の合計額金一、〇七四万八、〇一〇円を被上告人に納税したものであり従ってこの時点で同事業年度の賞与の債務は確定したものである。

ただ右賞与の現実の支給を直ちに行なわなかったのは、当時上告人の従業員労働組合が同年五月下旬頃から夏期一時金(賞与)闘争に入っていたところ、同組合は総評系最強の組織団体である全金属に所属する単位組合で、波状的に団体交渉が繰返し行われた結果、同年六月二一日の団体交渉において、上告人より当期において多額の売上があったので従業員に対してこれに見合う賞与を支給するが、昭和五〇年に入って造船業界がオイルショックによる急激な不況のため受注のキャンセルが相次ぎ、翌期に従業員に対する賞与を支払えるかどうかが危ぶまれる状況なので、右賞与の支給を同年夏期と同年一二月の二回に分けて行いたいと提案したのである。

然しながら、同組合は年末賞与については経営者側との闘争によって勝ち取ったという形跡を残す必要があるとして同時妥結には応じず、先ず夏期賞与に関しての支給額についての了解を得たものであるが、組合側が調印に上部団体の全金属の立会いを求め、形式的な調印が全金属と組合側の都合で七月三日にずれこんだ状況を踏まえて、上告人は現実には七月一五日に前記支給決定金額中の金六、二八九万三、三〇〇円(源泉所得税込みの金額)を夏期賞与等として、その残額金六、二八七万五七〇〇円(前同)を同年一二月に冬季賞与の一部として各従業員にそれぞれ支給したのである。

従って、労働組合との関係で現実の支給が遅れても、上告人がこれを実際に従業員に賞与等として支給した事実経過に照らせば、右金額は昭和四九年一二月二一日から同五〇年六月二〇日迄の期間中に計上し得た上告人の収益を生み出した根源で、従業員の労働に対する対価として既に請求権が発生し、債務として確定していたものであるから、これが昭和五〇年六月期の収益に見合う経費であることは明白であり、上告人が収益費用対応の原則に基づき、これを同事業年度に計上したのは当然のことであると言わねばならないのである。

然るに原判決は、各従業員の預金口座を上告人が管理していたのでその預金は上告人に帰属する簿外預金にほかならないとの誤った判断から、上告人が昭和五〇年六月期に計上し、現実に同年七月一五日に支給した夏期賞与金六、二八九万三、三〇〇円についても経費に当らないと言う被上告人の主張を安易に容認したものであるが、かくては上告人が現実に支給し、当然当該期の経費として認められるべき従業員賞与が経費とは認められないと言う極めて不合理な結果となるものであって、原審の判断は事実関係の経過に目をつむり、その収益面のみを捉えて課税の対象となし、経費面においてはこれを考慮しない結果を認めることになるものであり、法人税法第二二条第一項が事業年度所得を「当該事業年度の益金の金額から損金を控除した金額」とした法意にも悖る極めて不当な判断であると言わねばならない。

法人税法二二条第三項第二号において、法人の所得金額計算上損金に算入すべき金額は当該事業年度終了の日までに債務として確定していることが要件とされている趣旨は、不確実な費用を損金として計上することを排除することにあるところ、具体的事例で債務の確定の解釈が問題となることが多いが、債務確定主義は課税所得を期間毎に区切って確定するための便宜的な技術方法であるから、企業の適正妥当と認められる健全な会計処理の範囲内において課税の公明・明確性を特に損なう弊害がなければ、その計上の時期について厳格に権利確定主義の原則によらないことも認められるべきものである(京都地裁昭三四・一・三一秋田地裁昭二七・四・一〇、静岡地裁昭四一・七・一二)。

従って、本件の如き経緯に照らせば、当該期の従業員賞与については現実の支給が多少遅れていても、同事業年度内には債務として確定しているものであるから、損金に計上することが当然認められるべきであって、これを否定する原判決の判断は現実の支給日にこだわり、継続的企業における適正妥当な会計処理、収入と経費との有機的な相関関係を全く無視するもので、法人税法第二二条第四項が当該事業年度の損金に算入すべき金額についても「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算される」ものとした法意にも反し、妥当性を欠く甚だ不合理なものである。

仮に、右夏期賞与について昭和五〇年六月期の債務の確定に疑問があると仮定しても、右の如き経緯に照らせば、本件従業員賞与は上告人の昭和五〇年六月期の決算上、賞与引当金として計上処理することが認められるべき筋合いのものである。

上告人は従前期にも賞与引当金を計上したことがあるが、当該事業年度においては、公表帳簿上右従業員賞与を当該期の経費に計上処理しているので、更に賞与引当金として二重に計上することが出来ないが、仮に賞与引当金計上を選択して、その手続さえ履践すれば当然当該期の経費として認められるべき性質のものであるから、本件においては右手続不履践という形式にこだわらず、実質課税の原則に則り、これが容認されるべきものであるから、いずれにしても前記従業員賞与は当該年度の経費として処理されるべきものである。

三 昭和五一年六月期の夏期賞与

昭和五一年六月期についても、原判決は上告人が従業員に支払った金一億三、三二九万五、八〇〇円の従業員賞与について、これを経費として認めなかった被上告人の更正処分を是認したものであるが、これも昭和五〇年六月期と同様、昭和五一年六月期の売上に協力した従業員に対して当然に支払うべき賞与であり、上告人は小林顧問税理士と相談の上で同月一八日社長室において役員会を開き、従業員一人一人について勤務成績等の調査資料により具体的な支給額を決定し、これを同月二九日に各従業員について算出した源泉所得税や失業保険料等を控除した上、各従業員名義の普通預金口座に入金して支払準備を完了し、同月三〇日に右各従業員の源泉所得税の合計額を被上告人に納税したものであってこの時点で同事業年度の賞与の債務は確定したものである。

而して、上告人は現実に同年七月一〇日に内金五、八二六万二、三〇〇円(源泉所得税込みの金額)を従業員に夏期賞与として支給し、残額を同年一二月に冬季賞与の名目で従業員に支給しているのである。

従って、少なくとも右賞与のうち七月一〇日に上告人が従業員に支払った夏期賞与金五、八二六万二、三〇〇円(源泉所得税込みの金額)については当然昭和五一年六月期の事業年度の経費と認められるべきものであるにも拘らず、これを昭和五一年六月三〇日の時点では債務として不確定であり、当該事業年度の利益を過少に計上する目的で支給を仮装したものであるとして損金計上を否認する被上告人の主張を容認した原審の判断は、明らかに失当であると言わねばならない。

仮に、本件従業員賞与について昭和五一年六月期の債務の確定に疑問があると仮定しても、右の如き経緯に照らせば、昭和五〇年六月期と同様に本件従業員賞与は控訴人の昭和五一年六月期の決算上、賞与引当金として計上処理することが、当然認められるべき筋合いのものであるから賞与引当金の計上手続を不履践と言う形式にこだわらず、実質課税の原則に則ってこれが容認されるべきものであり、いずれにしても前記従業員賞与は当該年度の経費として処理することが認められるべきものである。

四 以上に述べたとおり、上告人が従業員に支給した昭和五〇年六月期、昭和五一年六月期の各夏期賞与は、各当該事業年度内にそれぞれ債務として確定しているのであり、従って右各賞与は各事業年度の所得金額の計算上損金に算入されなければならないのに、当該事業年度における損金計上を否認し、これをも所得金額に算入した被上告人の更正処分を是認した原判決には重大な事実認定の誤りによる理由不備乃至は理由齟齬の違法があり、且つ法人税法の前掲各条項の解釈適用を誤った違法が存するものであり、その結果、上告人の昭和五〇年六月期の法人税についてはその法人所得金額を金一三億七、五〇八万九、〇五九円とする更正処分(ただし、審査裁決により一部取り消されたのちのもの)のうち金一三億一、二一九万五、七五九円を超える部分、昭和五一年六月期の法人税についてはその法人所得金額を金八四六万五、二一三円とした更正処分には上告人の所得金額を課題に認定した違法があり、また、昭和五〇年六月期における重加算税金三、九九六万九、〇〇〇円の賦課決定処分のうち、金三、二〇三万七、〇〇〇円を超える部分、昭和五一年六月期における重加算税金七六万三、八〇〇円の賦課決定処分及び昭和五〇年六月期における会社臨時特別税の税額を金三、四九五万一〇〇円とする更正処分のうち金三、三三五万一、五〇〇円を超える部分は法人所得金額の前記更正処分を前提とするものであり、これ又違法であるから、原判決は以上の限度において破棄を免れないものである。

よって上告の趣旨記載の判決を求める。

第二点 原判決には判例(最高裁判所昭和六二年五月八日第二小法廷判決、訟務月報三四巻一号一四九頁・税務訴訟資料一五八号五九二頁)に違背し、国税通則法第六八条第一項の解釈適用を誤った違法があり、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一 原判決は、上告人が昭和五〇年、昭和五一年各六月期の事業年度において従業員に支給した夏期賞与を損金として計上したのは、当該事業年度の利益を過少に計上する目的で右各事業年度内に夏期賞与を支給したように偽り仮装したものと断定し、これに対し重加算税を課した被上告人の賦課決定処分を正当として是認しているが、右判決は、以下に述べるとおり上記判例に違背し、重加算税の賦課要件を定めた上記法条の解釈用を誤ったものである。

二 上記最高裁判決は、国税通則法に規定する重加算税の賦課決定要件につき「同法六八条一項による重加算税を課し得るためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、申告に対し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではないと解するのが相当である。」と判示し、同条項にいう隠ぺい、仮装とは、少なくともその行為の意味を認識しながら故意に行うことを要すると解しているのである。

もとより同法に規定する重加算税は、右判決も触れているとおり「同法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に、違反者に対して課される行政上の措置であって、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁ではない」のであり、刑罰とは趣旨、性質を異にするものであることを否定できないとはいえ、他方において最高裁判決(昭和三九年二月一八日第三小法廷判決、訟務月報一〇巻四号六五三頁)も「重加算税が納税義務者の申告義務違背に対する不利益処分である以上処罰たる性質を全く有しないとはいいきない。」として重加算税が刑罰に類似する性質をも有していることを肯定していることに照らすと、これを課する要件の存否に関する判断は、刑罰を科する場合に準じ厳格になされることが要請されるといわなければならない。

三 しかるに原判決は、上記判例の趣旨に反し、上告人には故意に課税要件事実を隠ぺいし又は仮装した事実を認めるに足りる十分な証拠がないのにかかわらず安易に右事実を認めた違法がある。

すなわち、上告人が昭和五〇年、昭和五一年各六月期の事業年度に損金計上した夏期賞与支給分につい、法定控除分の処理をしたうえ、従業員名義の銀行預金口座に各別に入金し支払準備を完了した時点で、夏期賞与債務が確定したものとしてこれを損金に計上したものでこれが正当と認められるべきことは、すでに述べたとおりであるが、仮に税務処理上右損金計上が正当でないと判断されるとしても、それは損金計上という経理実務上の見解の相違ないし誤解に基づくものであって、そのことから直ちに、上告人において故意に夏期賞与の支給を仮装し、損金を過大に計上して利益を隠ぺいしたものと速断することは許されない。

原判決によれば、右預金口座は上告人の管理にかかるものであり、その預金は上告人に帰属する簿外預金にほかならないというのであるが、上告人に当該期に前年に比し多額の従業員賞与の計上を決定したのは、これにより会社の利益隠しをしてこれを上告人の他の用途に使用するためではなく、さきに述べたように、当該期の利益が空前の造船ブームによる未曽有の売上を計上して増加したので、右売上に寄与した従業員に支払うため、これに見合う賞与を計上したもので、これを他の用途に使用したわけでなく、支給が遅れても現実にほぼその金額を従業員に賞与として支給した事実経過に照らせば、原判決指摘の点は故意による隠ぺい、仮装行為の存在を肯定させる資料となるものではない。

更に原判決は、上告人に従前にしていた損金計上は実際の支給日にされていたのに、昭和五〇年六月期にいたり従前の処理に変更を加えたのは、その期に生じた上告人の未曽有ともいうべき利益を圧縮するためであり、昭和五一年六月期も同様の処理に及んだというのであるが、これが当該年度の経費として処理されるべきものであるとの経理上の見解に基づきなされたことも前述のとおりであって、これまた隠ぺい、仮装行為の故意を肯定させる事由となるものではない。

四 したがって、上告人には故意に重加算税の賦課要件事実を隠ぺい、仮装した事実がなく、本件夏期賞与について国税通則法第六八条に規定する重加算税を賦課すべき要件を充足していないのであるから、右重加算税を賦課することは、この点からみても違法たることを免れないのであり、被上告人の右賦課決定処分を是認した原判決はこの限度で破棄されなければならない。

よって、更に適正な裁判を求めて本件上告に及んだ次第である。

(添付書類省略) 以上

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